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新興海陸運輸株式会社 倉庫番日記・ブログ

東京倉庫協会城南支部で施設研修に行ってきました。

2018年9月21日

繰糸所の中。ここで繭から生糸を取る作業が行われていました。

繰糸所の中。ここで繭から生糸を取る作業が行われていました。

東置繭所。1階は事務所・作業場として使い、2階に乾燥させた繭を貯蔵していました。

東置繭所。1階は事務所・作業場として使い、2階に乾燥させた繭を貯蔵していました。

こんな感じで工女さん達が作業していたようです。

こんな感じで工女さん達が作業していたようです。

シルク商品の売店もあります。値段を見ての通り、かなりの高級品です。

シルク商品の売店もあります。値段を見ての通り、かなりの高級品です。

9月14日、いつもお世話になっている東京倉庫協会城南支部の施設研修会に参加しました。この施設研修会は年一回ですが、今回の訪問先は、普段自分ではなかなか行く機会のなかったところ、2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場です。地元のガイドさんの詳しい音声ガイドをききながら、当時の様子に思いを馳せることができました。明治5年の操業開始ですが、当時外国人を目にすることさえ珍しいこの地でフランス人の技術者ポール・ブリュナ氏が招聘され操業指導にあたったそうです。元々養蚕業の盛んだったこの土地で更に高品質な生糸を大量生産させることで、結果として生糸が日本の輸出拡大、外貨獲得の大きな原動力となり、日本経済の発展に大きく貢献したと言われております。後に操業も民間の手に委ねられ、1987年の操業停止まで115年間にわたり休むことなく稼働し続けました。この工場を支えてきた15歳から25歳までの若い工女さんのお話もうかがいました。私は「ああ野麦峠」に出てくる厳しい過酷な日々の生活のイメージを富岡製糸場で働く彼女たちにもダブらせていたのですが、実際には一日7~8時間程度の労働時間で、アフター5を楽しむ余裕もあった?とかいう話でした。むしろ長くても3年MAXという年季奉公期間の中で、少しでも高い技能を習得し、その技能を故郷に持ち帰り伝承できることが、彼女たちにとって何よりの誇りであったそうです。富岡製糸場、少々地味ではありますが、日本が新興国から先進国に向けて発展するきっかけのようなものを垣間見ることができました。まだ訪れたことのない方は是非一度見学されることをおすすめします。